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東日本大震災から2年が経過して

本日、1年振りに陸前高田に行ってきました。復興とはとても言えず、復旧もまだまだ途上で有るとの印象を強く持ちました。日々、作業されている方も居ますし、今日も何台もトラックやダンプカーとすれ違いましたが、何とも人間の力は微力なのだと言う事を実感しました。逆の言い方をすれば、人間が何年、何十年と積み重ねてきた物を、自然は一瞬にして根こそぎ破壊してしまう、猛威をふるってくるものです。改めて、備え有れば憂い無しで有る事を感じました。

 

一関で高速を降り、沿岸部に向かいました。陸前高田迄は、一関から約50kmです。田舎の一本道なので、信号も殆ど無く渋滞も無いので、約1時間で陸前高田と大船渡への分岐点に到着しました。
ここを右に行くと、陸前高田、左に行くと大船渡です。8年前から震災当時迄6年間、岩手県を担当していたので、良く通過した交差点です。交差点の手間の橋に差し掛かる時、早くも気になる光景を目にしました。

三陸鉄道の鉄橋が川の上で寸断され、むき出しになっていました。三陸鉄道がまだ復旧していないのは、報道で知っていましたが、鉄橋の橋げただけが、川に突き出している光景は、判っていても驚きとショックを受けるものでした。それでも、1年前は曲がった線路が更に川に突き出る様に飛び出していましたが、さすがにそれは取り外されており、徐々にでは有りますが、復旧も進んでいる事も同時に実感しました。

 

陸前高田に向かうと、直ぐにコンビニが有りますが、通常営業をしていました。地震直後に伺った時は、外観のみ残っていましたが、店の中は壊滅的な被害を受けていました。周りにも店が有ったと思われますが、このコンビニ以外は店舗毎津波に流されていました。ここは、海から3km程内陸に有りますが、川沿いに有る為に河口から津波が俎上してきて、被害にあわれたのだと思います。
1年前は、仮設の店舗で営業していましたが、今は本格的な店舗に建て替えられており、完全復興出来たものと思われます。昨年は、この近辺は渋滞していた【震災当日で、記念式典等で渋滞発生】事も有り、買い物をしないまま通過しましたが、今日は買い物をして僅かながらレジ横の募金箱に募金もしました。爪の先程ですが、復興のお手伝いを出来たと思います。

更に、海沿いに向かったところ、光景が一変しました。先のコンビニ付近は、仮設も多かったのですが、多くの店舗が立ち並び、更に建築中のものも有りましたので、活気溢れる光景でした。復興も実感出来ましたが、海沿いは1年前より更地が更に増えて、まっ平な土地が広がっており、とても復興とは言えない現状を目の当たりにしました。開発計画が決まっていない、地権者との調整等、難しい事も有ると思いますが、目の前に広がる光景は、非常に空しいものでした。 

1年前は、残っていた4~5階の鉄筋コンクリートの建物も殆ど無くなっており、ここに数千人が暮らしていた街が存在していたのか、疑う程でした。1年前には残っていた岩手県立高田病院も取り壊されており、何処に有ったのか探すのに苦労しました。暫くあても無く車で走っていると、病院の跡地を見つける事が出来ました。僅かに残っている壁に取り付けられた、看板でここに高田病院が存在していた事が判りました。当時は、病院の前にコンビニやドラッグストア、多くの民家も有りました。1年前は、その土台が残っており、僅かにここに人の営みが有った事が想像されましたが、今は土台も無くなり更地と瓦礫の山が点在しているだけです。病院近辺だけでは無く、何度となく街中を走っていたので、当時の光景が蘇りますが、目の前の光景と比較すると、何ともやりきれない思いです。

 

震災直後に伺った際、写真を撮った場所が有るので、定点ポイントとして、先のコンビニ、高田病院を含めて6か所決めています。残りの場所に移動しながら、写真を撮りました。最後に撮った場所は、国道沿いの5階建ての公営住宅です。2棟建っていますが、1棟は取り壊し中でした。写真を撮った建物自体は、まだ手つかずでしたが、来年伺う際には、取り壊されており、無くなっているものと思われます。今は、僅かに残っている建物が完全に無くなっているものでしょう。

 

来年は、今以上に更地が広がっているものと思いますが、復興を感じる光景も見られる事を期待しています。今、話題になっている『奇跡の一本松』の工事風景も撮ってきました。正に、復興の象徴になると思いますが、実際の復興も加速される事を切に願います。

私は、震災では被害を受けていませんが、不自由な生活を強いられました。多少は、被災者との意識を持っていましたが、この私でも2年の歳月で既に忘れかけています。直接被害にあわれていない、全国の皆さんはもっと忘れかけているのでは無いでしょうか?あれだけの被害を受けた震災の記憶は風化させてはいけないと思いますので、1年に1回は今後も定点で観察していきます。

 

(2013年3月9日 アイ・エム・アイ(株)仙台顧客サービスセンタ 室井健次)

 

 

 

 

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