掲載:2016年8月 / 文責:レスピラトリ・ケア部
2016年7月16日、17日にわたり、第38回日本呼吸療法医学会が名古屋国際会議場で開催されました(会長:西田修 先生 藤田保健衛生大学医学部 麻酔・侵襲制御医学講座)。学会初日に弊社は「ICUにおける食道内圧測定:有用性と展望」とのテーマのもと、ランチョンセミナーを共催させて頂きました。
座長: | 西田修 先生 藤田保健衛生大学医学部 麻酔・侵襲制御医学講座 |
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演者: | 吉田健史 先生 Physiology and Experimental Medicine, Department of Critical Care Medicine, Hospital for Sick Children, University of Toronto, Toronto, Canada |
食道内圧測定の重要性はここ数年で広く認識されつつあるパラメータですが、臨床での使用例はまだ少ないと言われます。
今回のセミナーでは吉田先生から、食道内圧から分かる経肺圧の重要性や、その理論的根拠を動物実験のデータや臨床のデータをもとにご解説頂きました。
また食道内圧測定を実際どのようにやったらいいのかわからない、という声にお応えするため、動画を用いながら、食道内圧測定の実際のやり方につきましてもご説明頂き、大変実践的なセミナーでした。
まず、人工呼吸器関連肺障害がどのように発生するのかを動画を示されながら説明されました。普段は胸郭があるために見る事のできない肺がbarotrauma、volutrauma、tidal recruitmentによってどのようにダメージを受け、進行していくのかを視覚的に示されました。また、今後ご発表予定の貴重なデータも示され、ARDSの肺では機能的肺領域であるBaby lung領域に強い炎症が起こっており、その部位に発生する人工呼吸器関連肺障害を最小限にするために適切なPEEPの設定が重要であることを強調されていました。
過去の研究から重症ARDSには高めのPEEPが有効な事は知られていますが、PEEPを付加しても、経肺圧は患者個々で異なるため、PEEPの設定は非常に難しいとされます。
そこで、2008年Talmorらが、食道内圧を測定し、呼気経肺圧が陽圧を維持するようにPEEPを掛ける群とARDSNetのPEEP/FiO2 tableで管理する群の2群に分け、酸素化能を調べたStudy(EPVent1)を紹介されました。
このStudyでは患者数が少なく予後の改善には至らなかったということで、続編の、EPVent2(RCT)が現在進行中とのことです。しかし、食道内圧に基づいて人工呼吸器の設定を行う際、「食道内圧はどこの胸膜圧を反映しているのか?」、「その値はいろいろなartifactを受けるので絶対値は信用できないのではないか?」と言ったご質問を吉田先生は多く受けられるとのことです。そこで吉田先生は現在ご研究中の胸膜圧センサーを用いたデータを示され、食道内圧は食道バルーン周囲の胸膜圧 (虚脱肺の多い背側領域)を正確に反映していることを示されました。
その結果、この食道内圧に従って計算される呼気経肺圧は背側領域の虚脱肺をリクルートするために最も適した部位の値を反映している、と極めて明快な説明をされていました。
食道内圧チューブ留置後に行われる、Occlusion Test(食道内圧が適切に胸膜圧を反映しているかを判断)について動画を交え、詳しくご紹介頂きました。
これが確認できれば、食道バルーンの位置が適切であるということが確認できるとの事です。しかし、両者の変化値が一致しない場合は、その食道内圧が胸膜圧を適切に拾えていないため、バルーンの位置を再調整する必要があり、これら方法について実際の動画で示されました。またAVEAを用いると、食道バルーンの接続が容易なこと、また人工呼吸の画面に気道内圧・食道内圧・経肺圧が同時にモニターされることなど、AVEAを用いた食道内圧測定の利便性もお話しされていました。
腹部手術後の腹腔内感染症からのARDSの症例をご提示いただきました。 腹圧上昇による胸壁コンプライアンスの低下がみられ、PEEPを15cmH2O掛けているにもかかわらずP/Fが100以下と言う事で経肺圧による管理を行われたとのことです。呼気経肺圧が陰圧であったため、陽圧を維持するようPEEPを調節したところ、酸素化能の有意な改善が見られたという症例でした。
その際の呼吸器画面を示され、経肺圧をモニタリングしていないと仮定すると、プラトー圧=39cmH2O、PEEP=18cmH2O、Driving pressure=20cmH2Oがこの患者さんにとって正しいのかどうか確信が持てない場合がある。
しかし食道内圧、経肺圧のデータがあることで、呼気経肺圧が0cmH2O以上であること、プラトー圧は39cmH2Oであるものの、吸気経肺圧は20cmH2O以下で管理できている。高い気道内圧を掛けていても、実は肺を広げるためには20cmH2Oが使われ、残りの19cmH2Oは胸壁を広げるために使われていることが分かり、この設定でいこう、という確信が持てる場合がある、というご報告でした。
また、胸壁コンプライアンスが低下している、腹腔内圧亢進、胸水貯留、腹水貯留、大量輸液後、肥満といった症例ではPEEPやプラトー圧の設定が難しいケースもあり、食道内圧測定の積極的な適用になるとのことです。
筋弛緩を使用している場合、人工呼吸器からの陽圧は胸壁と肺の両方を拡げるために使われるので、プラトー圧の制限は必ず経肺圧の制限につながります。一方、自発呼吸を残すと、同じプラトー圧で管理していても、横隔膜が収縮し胸膜圧が低下するので、吸気経肺圧は増加し、プラトー圧制限が吸気経肺圧制限につながらないケースもあり、自発呼吸が強い場合も、食道内圧測定・経肺圧管理の積極的な適応になります。
過去のデータ、及びご研究中のデータを示され、強い自発呼吸を温存している患者さんでは、呼気経肺圧を管理し肺保護換気を行うだけでは不十分で、吸気経肺圧をコントロールすることの重要性について示されました。
2016年Intensive Care MedでPLUG(PLeUral pressure working Group)の現段階のコンセンサスとして、吸気経肺圧は20-25cmH2O以下で管理をしようという事になったとのことです。
理由は、正常肺の全肺気量に達する生理学的上限値の経肺圧が25cmH2Oであること、ただ実際に管理するのはARDSであること、背側の経肺圧が局所的に高くなるというデータを踏まえて、20-25cmH2O以下で管理を、という値を導き出されたとのことです。しかし、確実なデータはまだ出ていないため、今後の研究結果では20-25cmH2Oよりもさらに低い推奨値となる可能性もありますが、少なくとも20-25cmH2Oを超えないような呼吸管理が必要であるとのことでした。
ご講演終了後は活発な議論が行われ、現在、食道内圧は世界的に注目されつつありますが、今後、さらに肺生理学に基づいたペーパーが出され、さらに注目されるパラメータと実感致しました。またその後吉田先生から、PLUGの活動としても世界的に食道内圧測定を臨床で広めていこうという活動に力を入れているというコメントを伺いました。
この場をお借りして、当ランチョンセミナーの開催にあたり座長の西田先生、ご講演いただきました吉田先生に改めて御礼申し上げます。
なお、第39回日本呼吸療法医学会学術集会は2017年7月15日(土)、16日(日)、東京都:TFTホールにて、布宮伸 先生(自治医科大学集中治療部)を会長として開催される予定です。
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