掲載:2018年4月 / 文責:レスピラトリ・ケア部 ベンチレータチーム
2018年2月21日~23日に開催されました第45回日本集中治療医学会学術集会(会長 千葉大学大学院医学研究院 救急集中治療医学 教授 織田成人先生)において、教育セミナーを共催させていただきましたのでご報告致します。
今回、演者としてフランス アヌシー総合病院よりジャン クリストフ リシャール先生、広島大学の大下慎一郎先生、また、司会として帝京大学の坂本哲也先生をお迎えし、「心肺蘇生時の換気と循環動態における新しい知見」についてご講演いただきました。
演者の大下先生(左)、ジャン クリストフ リシャール先生(中央)、司会の坂本先生(右)
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最初にリシャール先生が強調されたのは、「CPRにおける最も重要な事は何か?」という点です。それは質の高いCPR、質の高い胸骨圧迫であり、多くの文献が示すように出来るだけ早期に胸骨圧迫を開始することが、患者のマネージメントを行う上で極めて重要な要素であるということです。また、本セミナーでは、換気と密接な関係性がある循環動態との相互関係についても解説されました。
これまでCPR中の換気はあまり重要視されてこなかったトピックですが、CPR中の換気と循環、また神経に対する相互関係ついて、国際的に活躍するエキスパートが会した [アヌシーCPRラウンドテーブル] で話し合われた最近の知見を含めた興味深いトピックを提供されました。
まず、胸骨圧迫の基礎的な情報として、胸骨圧迫時にエネルギーがどのように作用するのかを解説されました。実はこのエネルギーの一部は循環に作用してポンプ機能を果たし、CPR中に心臓や脳を保護する上で重要な役割を果たします。
さらに、このエネルギーの一部は肺からガスを排出し、解除時にはガスが肺に取り込まれるため、換気の役割も同時に果たしていると一般的には考えられています。
ただ、クラーレ化された健常人と心停止患者に対し気管挿管後、手動で胸骨圧迫を実施したところ、健常人では換気量が認められたが、心停止患者では換気量がほぼ認められなかったという研究1)が40年以上前に報告されている、という興味深い例を示されました。この報告に対しリシャール先生は、考えられる原因として胸骨圧迫開始においては圧迫と解除によって適切な換気は維持されるが、胸骨圧迫が長引くことにより換気量は徐々に低下し、0付近まで低下してしまうことがその理由であるとされ、胸骨圧迫時の換気の必要性について言及されました。
また、Cordioliらが2016年のJ Appl Physiolで報告2)された、OHCA(Out of Hospital Cardiac Arrest)の患者に対し胸骨圧迫を実施した際のスクリーンショット(上段図)を示されました。
この報告によるとPEEPが3cmH2Oの場合は、胸骨圧迫の解除によってフローが認められましたが、PEEPを0cmH2Oに下げたところ、胸骨圧迫によるフローが0付近まで下がってしまったようです。これは、末梢や細い気管が虚脱し肺内ガスが減少することに起因しており、酸素化や換気に影響が出てしまうため、ここでも換気の重要性を強調されていました。
また、この研究では胸骨圧迫を一時的に停止しており、(下段図)その結果として、FRCが600ml程度回復し、胸骨圧迫により末梢や細い気管支の虚脱が生じることでFRCが減少したと、解説されました。
また、BVM(Bag Valve Mask)は、その簡便さや信頼性の高さから世界的に広く用いられている方法ですが、実は手技が非常に難しく、質の高いBVM管理を実際にベットサイドで行うことは困難である点を指摘され、換気のために中断された胸骨圧迫が循環に影響を与えるため、絶え間ない胸骨圧迫を推奨する根拠について言及されました。
さらに、BVMは過剰な換気量や過剰な換気回数により、過換気が生じる危険性がある点についてラザロ現象を用いて解説されました。
30分程度蘇生を行った後、換気を中断した途端に自己心拍が再開した例では、その理由として、過剰な換気により胸腔内圧が上昇し、心臓を圧迫していた圧力を解除することにより自己心拍が再開した、という興味深い内容でした。
リシャール先生は、これまでの生理学的知見や世界中で実施されてきた研究を基に、Air Liquide Medical System社と共に、ガイドラインに基づいたCPR中に最適な換気を提供する人工呼吸器の換気モードCPV(Cardio Pulmonary Ventilation)の開発を決断されたと、その経緯について説明されました。
また、CPR中に適切な換気を行うためのサマリーとして、上記スライドを示されました。
開発に4年を要し、ついに完成したMONNAL T60のCPVモードについて、以下の特徴を示されました。
従来の換気モードとの比較
左図がPCV、右図がCPVモードで、設定値は同じですが、CPR中のグラフィックを比べてみると、CPVの方が気道内圧を高くすることで胸骨圧迫をサポートし、胸骨圧迫解除時には、できるだけ静脈環流を阻害しないようにしつつ、0cmH2Oを下回らないようにすることで、細い気管支虚脱も防ぐようにデザインされています。
次にリシャール先生は、ERCにおけるEtCO2モニタリングの推奨目的を紹介されました。
上記のスライドではCPVモードを世界で初めて使用した症例を提示されました。下段がEtCO2ですが、特異的な波形が呼吸毎に認められますが、これら波形に関する文献報告は一切なく、解釈が非常に難しいとのことです。そのためリシャール先生のご施設では、データを集積するためにCPR患者のEtCO2データを毎回記録されておられ、数例の特徴を解説されました。
上図は胸骨圧迫によって振幅が認められる波形で、EtCO2の最大値は初期に認められ、徐々に低下しています。このパターンに当てはまる患者は全体の約60%に相当し、残りは下図のパターンを示し、胸骨圧迫による振幅は小さく、EtCO2の最大値は右肩上がりとなっています。この波形には、循環よりも換気が大きく影響しているとリシャール先生は主張されています。
この仮説を説明するための研究が進行中であり、近日Resuscitation誌に掲載予定の情報を次のように紹介されていました。
上段が気道内圧、中断がフロー、下段はEtCO2を示しています。胸骨圧迫により、EtCO2の最大値が認められる場所では肺胞換気が行われていると考えられます。これは循環の質を反映した値と考えられます。その後、胸骨圧迫によりEtCO2が徐々に低下していますが、この解釈は非常に重要です。なぜなら、このEtCO2は循環を反映しておらず、CO2はフレッシュガスによって洗い流されていることを示しており、換気を反映しているからです。
現在進行中のご研究
胸骨圧迫、圧迫解除により気道虚脱が発生し、フロー制限が掛ることによって、EtCO2の波形は振幅がないパターンを示すケースもあり、現在、献体を用いた研究をカナダで実施しています。献体の肺にCO2を持続的に添加し、循環によってCO2が産生されていることを再現しながらCPR中の換気が与える影響について研究されています。
PEEPを気道虚脱レベルまで下げた場合、EtCO2の振幅は認められませんが、これらのEtCO2波形の最大値は循環を反映しています。また、同時に換気の質も反映しているということからEtCO2から得られる情報とその解釈について、今後注目されていくのではないでしょうか。
まとめ
[ 参照 ]
1) Ventilation and Circulation with Closed-Chest Cardiac Massage in Man, Safar, P et al, J.A.M.A., May 20, 1961
2) Impact of ventilation strategies during chest compression. An experimental study with clinical observation.
Cordoli RL et, J Appli Phyiol (1985) 2016Jan 15; 120(2) 196-203
大下先生が最初に示されたのは、昨年の日本救急医学会教育セミナー内でのアンケート結果でした。CPRにおける人工呼吸器の使用状況として、出席者の60%近くが人工呼吸器を使用しているという結果でした。
また、その使用方法について、ERCでは気管挿管後に一定のリズムで陽圧換気を行うことを推奨しているものの、現状では人工呼吸器をBVM(バッグバルブマスク)の代用として使用するだけのエビデンスは確立されていないという点を指摘されました。
その問題点として、現状の人工呼吸器の従量式換気では気道内圧が上昇する、オートトリガにより換気回数が上昇する、従圧式換気では気道内圧が呼気弁により不十分になってしまう、吸気時間が早期に終了してしまう点を挙げられました。また、CPR中にIPPVやBiLevelモードを使用すると吸気時に気道内圧が上昇しますが、呼気時には気道内圧は急速に下降して圧を維持することができず、胸骨圧迫の圧よりも低くなってしまうために気道虚脱が生じる可能性がある点を指摘されていました。
また、2017年のResuscitation誌に掲載された、「気道内圧とROSCの関係性」に関する報告について興味深い解説をされました。
心肺蘇生中の気道内圧は、高すぎても低すぎてもROSCする確率が低下するというものでした。本研究における最適な気道内圧は42.5mbarで、その際の感度は0.804、特異度は0.788でした。
CPR中に人工呼吸器を使用する懸念事項として胸骨圧迫に伴う高い気道内圧によるBarotraumaの危険性が挙げられます。
この懸念に対し、大下先生は経肺圧を紹介されました。肺胞に実質ストレスとしてか掛っている圧力は気道内ではなく、気道内圧と胸腔内圧の差圧である経肺圧であるため、胸骨圧迫によって胸腔内圧が上昇している状況では、肺胞虚脱を防ぐために、むしろより高い気道内圧が必要と解説されました。
CPR中に人工呼吸器を使用することの問題点や懸念について解説された後、大下先生がCPVモードをご使用された際のご経験についてお話され、特徴として以下の点を挙げられました。
本稿ではデータを掲載することはできませんが、大下先生は11名の心肺停止患者にCPVモードを使用され、「CPVモードは、CPRにおいて最高気道内圧を制限しつつ、かつ換気量を確保しながら一定の換気回数を保つことができる新たな人工呼吸管理法となる可能性がある」と述べられ、講演は終了となりました。
最後に今回の共催セミナー司会をお務めいただいた坂本哲也先生、ご講演いただいたジャン クリストフ リシャール先生と大下慎一郎先生にこの場をお借りして御礼申し上げます。