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日本初 兵庫県と県立がんセンターによる新たな試み
兵庫県立がんセンター 麻酔センター長 神戸大学名誉教授 医学博士 尾原秀史先生

掲載:2008年 / 文責:クリティカル・ケア部

【インタビュー】兵庫県

兵庫県立がんセンター麻酔(研修、シミュレーション)センター長 神戸大学名誉教授
医学博士 尾原 秀史 先生

優秀な医師の確保と育成を目指し、県病院の研修医のシミュレーション教育を一括して行なう施設が誕生しています。施設では医師だけでなく、看護師、救急救命士のトレーニングの場としても、今後活動の場を広げていく計画があるとのことです。今回は、兵庫県と県立がんセンターによる新しい取組みにつき、インタビューしました。 

 

 

【兵庫県立がんセンター麻酔センター 】兵庫県立がん

センター長    尾原秀史 先生
(前神戸大学麻酔科教授、日本麻酔科学会指導医)
センター次長  嘉悦博 先生
(前兵庫県立がんセンター麻酔科部長、日本麻酔科学会指導医)

 

シミュレーションルームは模擬手術室と講義室からなり、模擬手術室には高機能シミュレータとともに実際の手術室と同じ機器(麻酔器、モニタ、人工呼吸器、 除細動器、筋弛緩モニタ、挿管器具等)、マネキン(中心静脈穿刺用、クモ膜下穿刺用(脊髄麻酔用)、硬膜外穿刺用)が設備されています。

 

 

 

リンク:

兵庫県立がんセンター
  http://www.hyogo-cc.jp/about/dept/anesthetize.html
県立病院 麻酔センターについて麻酔センターの概要、利用対象者、研修内容、実習料金などが掲載されています。

 http://web.pref.hyogo.lg.jp/ha01/ha01_000000019.html

 

 

聞き手( IMI )
尾原先生 兵庫県立がんセンター・麻酔センターでは、ユニークな試みをなされているとお聞きしています。 麻酔センターの設立の経緯、目的をお聞かせ頂けますでしょうか。 

尾原先生

現在、兵庫県立病院は12施設あります。これら県立病院の研修医のシミュレーション教育を一括して行うのが、当シミュレーションセンターの基本的な位置付けです。 麻酔センターの設立の経緯ですが、ご存じのように自治体病院は医者不足です。医者が次々辞め、世間では医療崩壊だなんて言われています。不足している医者は、主に産科医、小児科医、麻酔科医です。兵庫の県立病院もご多分にもれず、麻酔科医が不足しています。麻酔科医がいないと手術ができず患者さんを長く待たせてしまいます。 

 

また、病院経営上いろいろな支障も出はじめています。なんとか県立病院で麻酔科医を集めたい、ということが麻酔センター設立の最初の動機でした。 従来、自治体病院は大学に人材派遣を頼っていたのですが、研修医制度(※)が始まってから大学にも人がいなくなってきて、中々、各自治体病院に人を派遣できない状況が続いています。 自治体病院は、各病院で研修医を募集、教育、育成していかなくてはならない時代になりました。兵庫県は県立病院を魅力ある病院にするために教育、研修制度の充実が必要で、それにはシミュレータを備えたシミュレーション教育というものが大事だということが判ってきました。昨年、兵庫県から私に話があり、そのための共同施設の立上げを依頼されました。

私もシミュレーション教育については、非常に興味がありましたし、欧米の教育事情もよく知っていました。特にアメリカ、カナダ、ドイツを含め欧米では、シミュレーション教育が非常に盛んです。日本でも、大学を卒業して間もないお医者さんが、患者さんに触れる事には問題があり、患者さん自身にも納得していただけない。 この問題を解決するためにシミュレータを使用し、基礎的トレーニングをきちんと積んでから臨床に進んでもらう、というのが最適な教育方法ではないかと考え、県の要請に応じました。 

聞き手
高機能シミュレータは、日本でもいくつもの施設に入れられていますが、シミュレーションプログラムをどうやって動かすか、インストラクターをどう確保するかが難しく、上手く回っていないところもあるようです。先生の麻酔センターでは、この点はどうされていますでしょうか。

尾原先生

こちらでは、経験のある専門医がインストラクターとして常勤、その運営にあたっています。これは、このセンターの大きな特徴であり、兵庫県の英断によるところのものです。日本でも、シミュレーションセンター、スキルスラボといって、シミュレータの入っている施設がありますが、みな兼任で運営を行っています。そのため臨床で忙しいし、どうしてもシミュレーション教育自体が片手間にならざるを得ません。シミュレーション

それに対しこの麻酔センターでは、ベテランの麻酔科医2人が専属でプログラムの作成・資料作りに専念しています。 私も実際の運営を通して、専属のインストラクターがいなければ上手く運営できないと感じています。

諸外国を見ても、沢山の「シミュレーションセンター」がありますが、どこも多人数で、ほとんど専属で管理・運営を行っています。 日本では箱物を作って、機器も入れているけれども、人的不足のためうまく機能していないところがありますね。 専属の医師をシミュレーションセンターのインストラクターとして置いている施設は、日本でもここだけではないでしょうか? 

 

聞き手

どれぐらいの頻度でシミュレーション教育をされているのでしょうか?  

尾原先生

県立病院で対象になる施設は12病院あり、毎年、だいたい研修医50人程が1年間にわたり教育を受けます。救急部門では麻酔が必須科目になっています。実際の麻酔に入る前に、この麻酔センターで基礎的トレーニングを受けます。そして、各病院に帰って臨床研修に入ります。今も実際に神戸大学の学生さんが来ていますが、既に、学生と県立病院の研修医のスケジュールは来年の3月まで決まっています。非常に高い稼働率で運営しています。

聞き手

こちらのシミュレーションセンターは、がんセンターという施設の中にあるわけですが、実際は、12病院と学生さんへの開かれた研修センターになっているというわけですね。

尾原先生

県立病院で対象になる施設は12病院あり、毎年、だいたい研修医50人程が1年間にわたり教育を受けます。救急部門では麻酔が必須科目になっています。実際の麻酔に入る前に、この麻酔センターで基礎的トレーニングを受けます。そして、各病院に帰って臨床研修に入ります。今も実際に神戸大学の学生さんが来ていますが、既に、学生と県立病院の研修医のスケジュールは来年の3月まで決まっています。非常に高い稼働率で運営しています。 

シミュレーション教育

聞き手

こちらのシミュレーションセンターは、がんセンターという施設の中にあるわけですが、実際は、12病院と学生さんへの開かれた研修センターになっているというわけですね。

尾原先生

そうですね。 現在、県立病院12施設の看護師さんの教育も始めていこうと話し合いをしています。今夏過ぎには開始できると思います。 

 

聞き手

将来的には県立病院の研修医、学生さんと、それ以外に看護師さん、救急救命士さんにも教育を行っていこうとされているわけですね。

尾原先生

はい。全てを一度にはできませんが、既にホームページ等では募集を開始し、県外から何名かの看護師さんが研修に来られています。 また、開業医さんや地元の消防署の救急救命士さんから問い合わせを頂いており、いずれ見学に来て頂き、どういう研修ができるかなど話し合いたいと思っています。 当初は、県立病院の研修医や看護師さんを主にということですが、公的な施設という立場から、順次、地域に開放していく方向で考えています。

 

さらに、神戸大学と連携し進めているプロジェクトがあります。女医さんの病院への復帰プログラムです。医者不足の一つの原因として、女医さんが家庭に入って、病院に復帰してくれないという事があります。再教育の場として、麻酔センターを提供しようというもので、現在、その作業を進めています。子育てが一段落ついて、麻酔医として復帰したいという希望があり、研修を受けたいという希望があれば、ここで引き受けて、基礎的トレーニングを受けて頂こうというものです。 

 

聞き手
職場に復帰するにあたり躊躇される方も多いかと思いますが、こちらで研修を受けることが可能ということですね。

尾原先生

現在の麻酔学は、麻酔薬、管理方法が急激に変わってきていますので、家庭に入り、数年も臨床の現場を離れてしまうと、浦島太郎みたいになってしまいます。 現場で働いている人たちは、学会や講演会に行くなど新しい知識に触れる機会が多々ありますが、家庭に入った方の場合、そういった機会はかなり限られてしまいます。 女医さんが復帰を考えても、昔使っていた麻酔薬とは全然違うものが使われているといった不安があると聞いています。このプロジェクトでは、麻酔センターで新しい考え方や知識に触れていただき、基礎的トレーニングを受け、再び現場へ帰って行って頂こうと考えています。

尾原先生

聞き手

先生は長い間、大学で教壇に立たれ、教育の専門家でもあられるわけですが、先生の目からご覧になって、シミュレータを使った教育の効果はどの様にお感じになられますか。

尾原先生

例えば、麻酔学を考えても、麻酔中には、喘息とかアナフィラキシーショックなど色々な危機的状況が起こってきます。 それらを全部経験しようと思ったら、やはり5年、10年かかります。 ところが、麻酔センターで採用している高機能シミュレータは、麻酔のプログラムが非常に充実しており、シミュレーション教育中に危機的状態をいつでも作り出せます。 また繰り返し危機的状態を作れますから、学習が非常に進みます。例えば、1年に数回しか起こらないような危機的状態を初めて体験する人には対処が分からないわけですが、シミュレーション教育によって、モニタにはこういう変化があります、こういう治療・対処をします、ということを教えておけば、危機的状態に出会った時に、すぐに頭に浮かんできます。 そういう意味で、シミュレーション教育は非常に重要だと思うんです。

 

聞き手

教育プログラムを教えて頂くことは可能でしょうか。

尾原先生

教育プログラムは職種によって変えています。 例えば、研修医の場合は3日間コースを開催しています。 朝から夕方までの3日間の研修に成ります。シミュレータにはシナリオが40種類ほど入っていますが、そのうち喘息、アナフィラキシーショック、出血性ショック、肺水腫、心不全、不整脈、心停止、無気肺など35種類ほどを3日間で実施します。 加えてシミュレータだけでは足りない部分について講義を行います。例えばアナフィラキシーショックのシミュレーションを行った場合、講義では何故その症状が出るのか、最近の治療法は何か、などを説明します。 かなり密度の濃い研修だと思います。

 

 

 

 

聞き手
現在の課題ついて、あればお教えください。

尾原先生

県には、専属の麻酔科医が2名、事務1名、県立病院の麻酔科医からの応援体制などを既に整えて頂いています。 課題としては、メンテナンスなどのため、臨床工学士さん、看護師さんが加わって頂ければと考えています。これは県にお願いしています。

 

聞き手

県立病院の教育を一手に引き受けられておられる麻酔センターですが、研修の状況についてどのようにお考えでしょうか。

尾原先生

県立病院は治療病院ですから、人的な面については大学に頼っていた側面があります。臨床研修制度が始まり、研修医、専門医が集まる病院の条件として、どれだけ研修に熱心であるかが1つの指標になっている現在、兵庫県の病院は研修医の教育に関しては必須項目化、義務化されています。個人的には、これは非常に良いことだと思います。

麻酔科医について一般的にあまり知られていないことですが、麻酔学というのは全身管理学で、外科、内科、蘇生とありとあらゆることを知らなければならない。麻酔学は、麻酔のトレーニングというだけでなく、医学全般の教育としても非常に良いと思っています。 将来、研修医が何科にいっても基礎的トレーニングとして役に立つので、県が必須にしたことは、正解だと思います。 今は、総合診療科、プライマリケア、全身が見えるお医者さんを育成しようという流れがあり、その面でも、麻酔学を学ぶということは、非常に良いと考えています。 

シミュレーション

聞き手

先生の考えておられる将来像を教えていただけますでしょうか。

尾原先生

まず、県立病院の研修医さん、看護師さんの研修を軌道に乗せ、さらに女医さんの復帰プログラムを成功させたい。そして、外部にも積極的に開放したいですね。

聞き手

尾原先生、貴重なお時間頂きまして、ありがとうございました。 

 

 

医師卒後臨床研修制度 (厚生労働省より) 

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